このページには <ネタバレ>を含む記述がございますのでご注意ください。本編をご鑑賞後にご覧ください。
ご覧になる方は「みる」をクリックしてください。
2024年のハリウッド、特にインディペンデント映画界における最大のサプライズでありハイライトとなった作品が『ロングレッグス』だ。シリアルキラーに悪魔崇拝、オカルトミステリーまで盛り込んだユニークで大胆でショッキングなホラーとして見事、昨年北米のインディー映画でナンバー1の興行収入を上げる大ヒットを記録したのだ。
ニコラス・ケイジ演じるエキセントリックなキャラクター、ロングレッグスを軸に多くの謎が込められた、このディープかつダークな作品を読み解くための徹底解析をお楽しみください。
※パンフレットより一部転載 小林真里さんによる徹底解析全文は、パンフレットにてお楽しみください。
映画は主人公リー・ハーカーがロングレッグスと初めて出会う1974年1月13日のオレゴンから始まる。リーの9歳の誕生日の前日だ。劇中14日生まれの少女とその家族が殺されるが、この14という日付にはどんな意味があるのだろう?
まず14日の重要性に気づいたハーカーが手書きのカレンダーに過去に各家族が殺された日付をペンでマークし繋げていくと、逆三角形=悪魔のシンボルになる。「ヨハネの黙示録13:1」(後述)の数字を足すと14だ。ちなみにパーキンス監督の母ベリー・ベレンソンの誕生日は4月14日。監督の誕生日は「1974年」2月2日だ。
殺人犯が隠れる家を見つけ、ロングレッグスが残した暗号を簡単に解読するなど、特殊な能力を見せつけるリー。クライマックスでリーの母ルースがリーにそっくりの人形の頭を撃つと、人形とリーの頭から黒い煙のようなものが出てくるが、この二つはリンクしており、リーは悪魔的な力を得て特殊な能力を操っていた、と考えることもできる。
そういえばリーがウォーターロック精神科病院(*この世に実在しない架空の病院)で対面した殺人事件の生存者キャリー・アンも同じような特殊能力を持っていたようで、悪魔がきて父親に殺される前に学校に行くと見せかけて家から脱出していた。
本作ではイギリスのグラムロックバンド、T・レックスの楽曲が3曲使用されており、彼らの代表作「ザ・スライダー」のポスターがロングレッグスの仕事部屋に飾られている。パーキンスはT・レックスを使用した理由について、『ロングレッグス』の製作準備を進めている時にApple+のシリーズ「1971:その年、音楽が全てを変えた」を観たことを挙げている。「聖書的な言葉や悪魔的な詩、そしてグラムロックは完璧なブレンドに思えた」。偶然にも同じ時期、主演ニコラス・ケイジもT・レックスにのめり込んでいたという。
ちなみに、ロングレッグスのドライブ中に流れるT・レックスの「Planet Queen」には「お前の娘をよこせ」という歌詞が含まれている。ロック繋がりで、ルー・リードの「トランスフォーマー」のLPも劇中に登場する(T・レックスのジャケット同様に顔が真っ白。言うまでもなくロングレッグスも)。
「一匹の獣が海から上がってくるのを見た」というメッセージのレファレンスは、ヨハネの黙示録13:1。一部を抜粋すると「わたしはまた、一匹の獣が海から上がって来るのを見た。それは角が十本、頭が七つあり、それらの角には十の冠があって、頭には神を汚す名前がついていた」。
殺人現場の多くの場面で登場するのが、1890年に刊行されたジェームズ・ジョージ・フレイザーの「金枝篇」。世界中の神話や呪術、宗教、儀式、タブーなどに関する13巻(補足版含む)から成る壮大な研究書だ。
パーキンスによると、劇中ロングレッグスが地下室のベッドの上で読んでいる本は、タイトルが見えないが、実は「金枝篇」だという。
ロングレッグスがメッセージの中で引用する詩が、2013年にピューリッツァー賞を受賞したアメリカの詩人、シャロン・オールズの「Satan Says」(同名の詩集に収蔵)。スギの木箱に閉じ込められた少女が、家族を冒涜したら出してやると悪魔に言われ、その通りにするが、悪魔は彼女を閉じ込めて置き去りにする、という内容。
1975年、カメラ家の父親が司祭と妻を殺した直後に自殺した事件で唯一生き残ったのが、3月14日生まれの少女、キャリー・アン(彼女のブロンドのショートヘアは同じく悪魔絡みのホラー『ローズマリーの赤ちゃん』(68)でミア・ファローが演じた主人公へのオマージュだろう)。ロングレッグスの暗号アルゴリズムを解読したリーは、カメラ家の農場でキャリー・アンに似た人形を見つける。その翌日、ウォーターロック精神科病院の医師は、キャリー・アンは典型的な緊張病で一日中椅子に座って動かなかったが、リーとカーターが病院を訪れた前日、謎の見舞い客(ロングレッグス)が訪れて急に彼女の頭がクリアになったと語る。が、これはリーたちが彼女の人形を発見し、頭の中の銀色のボールを取り出したことで、そこに閉じ込められていたキャリー・アンの魂が解放されたからではないだろうか?(ロングレッグスが地下室でキャリー・アンの人形に話しかけているシーンもヒント)
ロングレッグス(と悪魔)に命を狙われながらも、なんとか逃げ延びた少女キャリー・アンを不気味にカリスマティックに演じたのがキーナン・シプカ。彼女はパーキンスの長編デビュー作でアメリカでA24が配給した『フェブラリィ-消えた少女の行方-』(15)で主演を務めた。同作は『ロングレッグス』同様に悪魔を題材にしたアトモスフェリックなスーパーナチュラルホラーとして共通している。
映画の舞台は1974年の20年後、1994年頃だと推測されるが、これはアメリカで巻き起こったサタニック・パニックの時期にあたる。80年代に刊行された「Michele
Remembers」というカナダの精神科医と患者が執筆した本が発端で、根拠のない悪魔的儀式虐待(SRA)の事件が12000以上も起こったというモラル・パニック。悪魔崇拝カルトが子供を狙っている、虐待された子供はそのことを忘れさせられるか記憶を抑圧されると信じ人々はパニックに陥った。
『ロングレッグス』でリーは子供の頃にロングレッグスに命を狙われた記憶をずっと忘れていた。
リーと対面した直後に、自死を選択するロングレッグス。劇中最もショッキングなシーンの一つだが、なぜ彼は死を選んだのか?
もちろん、このミステリアスなキャラクターが仕える悪魔がロングレッグスの役目は終了したと判断し、死に向かわせたと考えることもできる。悪魔は彼を意のままに操ることができるはずだ。また、ロングレッグスが企てていた今後の計画をリーに知られれるのを防ぎたかった可能性もある。悪魔との繋がりを具体的に知られたくなかったのだ。
そもそもロングレッグスは、リーが自分を発見するように己の足跡を残していた節がある。リーが実家でロングレッグスのポラロイド写真を見つけ、愛車を持っているにも関わらずバス停で立っているロングレッグスはFBIに呆気なく包囲される(なぜ簡単に見つかったのかは明らかにされない)が、これも自らFBIが来るのを待っていたようにも見える。その後リーとの再会を喜ぶが、この時点で彼は自分の運命をすでに受け入れていたのかもしれない(彼女への引き継ぎ業務が完了したということか?)。
監督はエンディングの前にロングレッグスを殺した理由として、偉大なるシリアルキラー映画である『セブン』(95)のアンチクライマックスな手法を「拝借した」と語っている。
リーのフラッシュバック・シーンで何度か登場するのが、蛇(あの赤い蛇はイスラエルの死を司る天使、サマエル?)。まず蛇は、新約聖書のヨハネの黙示録の中でサタン(悪魔)と呼ばれている。
さらに映画のオープニングで、T・レックスの代表曲の一つで全英シングルチャート1位に輝いた「Get It
On」(アルバム「電気の武者」収録)の歌詞の一部が映し出され、「ヒュドラ」というワードが出てくる。ヒュドラはギリシャ神話に登場する9つの頭を持つ怪物で、英雄ヘラクレスが退治した。頭を1つ切ると新たに2つの頭が生え出たという。これはロングレッグスが死んでも新たに2人、リーとミス・ルビーが彼の座に就く、という意味なのかもしれない。
エンドクレジットで流れる楽曲は、まさにこの「Get It On」だ。
「結局、ロングレッグスとは何者なのだ?」。
映画が終わった後も、そんな大きな疑問が残る。このドールメイカーで悪魔の下僕は、監督パーキンスによると「自分が送っていた人生を破壊された男」だという。言い換えると、悪魔に遭遇する前は普通の生活を送っていた人間ということになる。
また、あのショッキングなルックスの背景には「美容整形手術の事故」があるのだとか。白塗りの造形はグラムロックからの影響が明白だが、さらに1975年から76年にかけてボブ・ディランを中心にアメリカで敢行された大規模なツアー「ローリング・サンダー・レヴュー」期のディランの白塗りメイクにインスパイアされたことをパーキンスが認めている。
つまるところ、ロングレッグス(本名デール・ファーディナンド・コブル)は元グラムロッカーであり(彼の部屋には巨大なギターアンプとフライングVのギターが置かれている)、その若さを維持するために整形手術を試みるも失敗し、その後サタニズムに目覚めついに悪魔本人と出会った男、ということか。