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日本映画界における長年の功績を称え倍賞千恵子が特別功労章を受章!!「山田監督を尊敬して感謝して師として仰いでこの映画界を歩いてきた」と感謝!

長きにわたり日本映画界で活躍し続ける名女優・倍賞千恵子が、12 月 1 日に第 70 回「映画の日」中央大会において、“特別功労章”を受章し、授与式が執り行われた。「映画の日」とは日本における映画産業発祥を記念する日として制定されており、映画産業団体連合会(映団連)により日本映画界の発展の為に貢献した人々を表彰する式典となっている。

第70回「映画の日」中央大会特別功労章授与式では、倍賞千恵子の他、岩上敦宏(株式会社アニプレックス代表取締役執行役員社長)、長瀬文男(株式会社IMAGICA GROUP代表取締役会長)ら3名の授与式が執り行われた。

執行委員会の迫本委員長よ「松竹映画『斑女』で映画初出演以来、今日まで数多くの映画に出演され、スクリーンを鮮やかに彩ってくださいました。『男はつらいよ』シリーズでは妹さくら役を演じ、山田洋次監督と共に国民的作品を支えながら、観客に寄り添う存在として多くの人々の心に感動と安らぎを与えました。以降においてもスタジオジブリ作品『ハウルの動く城』の声優として独自の存在感を示し、映画『PLAN 75』そして今年公開の『TOKYOタクシー』では深い人間表現を体現するなど半世紀以上にわたり、幅広く第一線で活躍を続けております。長年にわたる素晴らしいご活躍と映画に対する誠実で紳士な姿勢に敬意を表して、第70回『映画の日』特別功労章を贈呈し、表彰いたします。」と表彰内容が読み上げられ、表彰状と花束を授与された倍賞は「みなさん、こんにちは。倍賞千恵子です。今のお話に出ましたけれど、松竹に入ってからの1作目が『斑女』 という映画だったんですが、昭和36年でした。それから2年目に歌いました『下町の太陽』がレコード大賞新人賞をいただきまして、その頃歌がヒットすると映画化されるという時代だったんです。その一環として、『下町の太陽』も映画化されることになり、初めてその時に山田洋次監督と出会いました。『下町の太陽』の脚本と監督が山田洋次さんだったんです。それから松竹で色々な映画に出演させていただきながら、『男はつらいよ』が始まって、50作映画を撮影しました。渥美さんがいなくなったことによって、映画が終わってしまったんですけれども、ある意味で、お兄ちゃんはこの大きな映画界を救った人じゃないかなって私はお兄ちゃんのことを尊敬しています。そして私自身もお兄ちゃんに役者としてというよりも、人間として何が大事かということを教えてもらったような気がして、ずっと今もこうして映画界で生きております。私は数えてみますと、64年間この映画に携わっています。『下町の太陽』の頃は21歳でした。その差はあまり数えないでいただきたいんですけれども(笑)。その中で監督の山田さんにお会いできたことが私にとっては、尊敬して感謝して師として仰いでこの映画界を歩いてきたと思っております。70回という『映画の日』に特別功労章をいただけることは、私自身というよりも、お兄ちゃんや山田さんに支えられ、そして映画を好きなスタッフの皆さんの力が私を支えてここまで仕事ができたんじゃないかなと思っております。これからも素晴らしいスタッフと出会えるように、体に気をつけながら精進して参りたいと思っております。今日は本当にありがとうございました。」と感謝の意を表した。

MCからは「今日はタクシー運転手の浩二さんをお迎えできませんでしたので、お気をつけてお席にお戻りください。」と気遣う微笑ましい一幕も。長きにわたり映画界を牽引してきた倍賞は、これまで178本の映画に出演、うち70作が山田組の作品である。先日の「TOKYOタクシー」の初日舞台挨拶で忘れられない出会いを聞かれた際にも、山田洋次監督との出会いだと答え、64年間の映画人生を語る上で、山田監督は特別な存在であると明かしていた。

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