松竹は、100年に渡り約5,000タイトルの
映画を配給または製作し、映画史に輝く名作から、
コメディ、アクション、カルト作品まで、
さまざまな作品をお届けしてきました。

そんな中から、
“今、観たい映画”を
テーマに選んだ100

をご紹介。
初めて出会う映画から、
今また見返したい作品まで、
新たな感動に出会える作品がきっとあるはず。

松竹社員による渾身のレコメンド文から探すもよし、
気になる#タグを直感で選ぶもよし!
とっておきの1本を、
みつけてください!

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私の好きな松竹映画
広井王子
Profile
広井王子
演出家・プロデューサー
「天外魔境」「サクラ大戦」などゲーム演出。
「魔神英雄伝ワタル」などアニメ企画。その他、舞台演出、作詞多数。
  • お嬢さん乾杯

    公開年:1949年/上映時間:89分/監督:木下惠介

    Comment
    「わたしの好きな映画はたくさんある。その中から1本は迷う。迷いながら、母のことを考えた。わたしの映画の先生は母だ。明治の少し前から東京下町に暮らした母方の一族はみな映画好きだった。3人の叔母にも親戚のお兄さんにも毎週かわるがわる映画館に連れて行かれた。母も映画好きだったが、商売で忙しく、わたしは母と映画館に行った記憶がない。だが母はいつも茶の間で映画の話をした。終戦後すぐに観た映画は「キューリー夫人」だったとか、「自転車泥棒」に代表されるイタリア映画は暗いから嫌いだとか、ビング・クロスビーの声が好きだとか。ほぼ毎日のように映画の話題を母は口にした。その中に「お嬢さん乾杯!」があった。原節子がいいのよねと言った。そう言ったときの母の顔をいまでも覚えている。この映画公開は昭和24年3月。東京大空襲のあった昭和20年3月から4年後の映画だ。母は大空襲のまっただ中に取り残され屋根の上で生き延びた。母は17歳だった。映画公開時が20歳。どんな気持ちでこの映画を観たのだろう。母が落ち着いてまともな暮らしが出来るようになるのは昭和27年。戦後成金の父と結婚をしたことで母だけでなく、母方の一族も経済的に救われる。「お嬢さん乾杯!」は戦後成金の佐野周二と没落上流階級のお嬢さん原節子のスクリューボールコメディだ。最初に観たのは中学生のとき、テレビ放送でだった。そのあと高校生のときフィルムセンターできちんとフィルムで観た。昭和24年3月はまだ進駐軍がいる。闇市もあった。食べることも大変な時代だったはず。それなのに、この映画のある種の明るさはどうしたことだ。戦後復興とこんなにも見事なものだったのか。そのことに驚く。交通整理の警察官の白い手袋が印象的なファーストシーン。そしてお人好しで熱血漢の佐野周二。婚約者の原節子は登場からずっと硬い表情で、それが28分ごろに、バレイ観劇シーンで微笑む。ここが極め。一気に映画の世界へもって行かれる。そしてラストの原節子のセリフ。母はこのセリフを父に言ったのだろうか。母は93歳になる。この映画を観ると、母の青春時代を思う。わたしの大切な映画のひとつだ。」